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【いつまでもアツ子先生】30年花いっぱい運動を先導する93歳を取材しました

川上小学校区にある「あいさつ通り」に何時しか花が置かれるようになった。山本アツ子さんは教員退職後、約30年前に花いっぱい運動を開始。

今日もまた、花は通学路を彩っている。

大人として、先生として。子どもたちに真っ直ぐに関わってきた山本さんの半生を、照射する。

あいさつ通りに花を植える山本アツ子さん

月曜日の朝、川上小学校近くの自宅の玄関を、山本アツ子さんは箒を手に落ち葉を集めていた。庭先には土を入れたプランターが並ぶ。

「もうすぐチューリップの球根を植えるんです」

山本さんは遠足の準備をするように楽しそうだ。

昭和3年6月4日生まれの93歳。
20歳は若く見えると驚くと「みんなから言われる」とうなずいて山本さんは笑った。「6月4日は虫歯予防デーなのでみんな覚えてくれます。自分の歯はもう5本くらいしかありませんけれど」。冗談混じりにまた笑った。

山本さんが教師を目指したきっかけは、自身が生徒だった頃に遡る。

2、3年生の頃担任だった平松先生が大好きでした。あの頃は実は贔屓が多かったですけれど、平松先生はどんな子でも分け隔てなく接してくれました」。

当時、山本さんや周囲の子どもたちは草刈りでもらったお駄賃で学校に行っていた。集金袋の書き方も自分でやるように勧められたという。「親に頼らず自分でなんでもやれるようにと教えてくれる先生が身近にいてくれたおかげです。生きていくために必要なことを教えてくれた平松先生。そんな人に私もなりたいと思いました」。

自宅には教え子からの年賀状がたくさん


今年の9月24日、東温市では子ども基本条例が制定された。前文は「子どもは、その存在そのものが大いなる良さと可能性を持つ宝であり、社会の希望の光です。」から始まる。子どもを取り巻く環境がより良くなるよう願いが込められた条例だ。

子ども基本条例は、子どもが持つ4つの権利を定めている。生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利。そして大人の役割も定められている。それは「子どもの権利を保障し、主体性を育てる役割」だ。

先生になってからは、『子どもたちに言うからには自分がやってないとダメだ』と、運動会では目一杯手をふり、裸足で一緒に走っていましたね。今でも背筋を伸ばして歩くように気をつけています」。師範学校を出て、昭和21年から教員となった山本さん。平成元年、60歳で退職するまで、拝志小学校、北吉井小学校、南吉井小学校、川上小学校に赴任した。「裸足で走っていたから、今でも元気なんでしょうかね」。山本さんはまた笑った。

教員時代は自宅の部屋を開放して図書室に。生徒が毎日集まって読書を楽しんだ


退職後、入会していた婦人会の活動を盛んに行った。きっかけは南吉井小学校赴任中、重信地区の家庭に飾られた花を見たときのこと。「地域に花がいっぱいある。なんて素敵だろう」。婦人会で愛媛県の助成金を活用して花いっぱい運動を主導した。「一番多いときは13カ所。今は自転車で移動しなくなったので上砂橋、交番、郵便局とか少なくなりましたけれど。花は地域に彩りを与えてくれます。心を優しくしてくれますね」。山本さんは退職して30年以上、花いっぱい運動を続けている。

花の手入れをしていたら、学校から帰る子どもたちは『さようなら』と声をかけてくれます。そんな子たちには、私も笑顔で挨拶を返しています」。

「近くのコスモスが綺麗に咲いていますよ」。歩いて見に行くのが日課。


私たち大人は「子どものお手本となるような言動を心掛ける役割」をもつ。もしかしたら、子どもに言うだけで自分はできていないのではないだろうか。山本さんを見ると、急に背筋が真っ直ぐになる。山本さんはいつまでも“アツ子先生”だ。

「東温市の人はみんなアツ子先生の教え子」。そう言われるほどの人気。

<プロフィール>
山本アツ子さん(93)
拝志小−北吉井小−南吉井小−川上小で教員を歴任。退職後は川上地区婦人会で会長などを務める。約30年間川内地区で花いっぱい運動を先導。

この記事は広報とうおん2021年12月号に掲載したものを転載したものです。公共施設にある広報紙はご自由にお持ち帰りください。

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